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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)249号 判決

控訴人(原告) 川西清司 外四名

被控訴人(被告) 大阪国税局長

訴訟代理人 山田二郎 外三名

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人川西清司の負担とし、その一をその余の控訴人等の連帯負担とする。

事実

控訴人等代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和三二年六月三日付で、神戸市須磨区高倉町一丁目二二番地川西ふさ、控訴人川西清司、亡川西龍三の相続人である控訴人川西甫、同川西龍弥、同川西美栄子、同住友美子に対してした審査請求を棄却する決定はいずれもこれを取消す。須磨税務署長が昭和三一年一二月一七日付で前記の者に対してした川西ふさ、川西清司、川西龍三の昭和二八年度分所得税についての更正決定はいずれもこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の関係は、

控訴人等代理人において、

原審の当事者であつた川西ふさは、昭和三五年一二月三日死亡し、控訴人川西清司は長男として、同川西甫、同川西龍弥は孫として亡父川西龍三に代襲してそれぞれ相続をしたのである。なお控訴人住友美子は右相続の放棄をした。

昭和二七年一二月当時、川西ふさ、控訴人川西清司、川西龍三は勿論、生駒与三郎も、富裕税法が昭和二八年度より廃止せられるということは知る筈がなかつた。富裕税法の廃止は、昭和二八年八月一日富裕税法を廃止する法律として公布せられ、即日施行せられたのである。従つて、同日以前に、この廃止を国民が知る筈がない。もつとも、法律案の提出により新聞の報道があれば、或る程度の予想がつくことはあり得るが、右廃止の法律案は、国会においてさして問題となることなく、容易に通過したものであること等に鑑み、法律の成立以前に、このような報道がなされたとは考えられない。仮りに、その報道があつたとしても、それは、議案提出後のことであるべきである。右法律は昭和二八年六月一六日内閣から議案の提出(同年六月一八日付官報掲載)があつたものであるから、その前年の一二月には国民はこの法律の内容を予知し得る筈はなかつたのである。乙第一号証の二が昭和二七年一二月に提出せられたものでないことは明白である。日附はないが、生駒は二八年五月頃出したものと思うと証言しているが、右事実よりするとき、生駒の提出は、八月頃ではないかと思われる。仮りに大阪国税局に対し右書面と同趣旨の内容の陳情がなされたとしても、それが昭和二七年一二月頃であるとは到底考えられない。昭和二七年度分の所得税なり富裕税の申告期限は、昭和二八年三月一五日である。従つて、申告期限前にこのような陳情をする必要はない。申告期限前に、大阪国税局に対し相談することは、あり得たかも知れないが、当該所得年度の終わらない一二月に、そのようなことがなされる筈がない。

また、控訴人清司が日本毛織株式会社より二〇〇万円を借入れたことは、控訴人清司が本件四、五〇〇万円の退職金に手をつけるなといつたのを、控訴人清司の二、〇〇〇万円についてもそうだと川西事務所の担当者が勘違いをしたものであり、これが判明して、直ちに二、〇〇〇万円を受領しているのである。また、この四、五〇〇万円の受領を川西清兵衛の記念事業のため保留していたこと、昭和三一年一二月にこれを受領したことは、昭和二八年中に受諾の意思表示があつたことを認定する資料にはならず、昭和二八年中に権利の確定をなせば、富裕税が課せられないと考えて、昭和二七年一二月に受諾の意思表示をせず、昭和二八年一、二月頃これをしたということはないのである。

被控訴人は、清兵衛生存中本件退職金の支給が確定しなかつたことを力説するが、相続税法第三条第一項第二号を死亡退職に限定するとしても、死亡退職の場合で、数年後に退職金の支給が確定した場合に於ては、如何なる方法で課税するのか、その徴税上の不便ないし不可能性については何等差異がない。この故に、昭和二九年に相続税法が改正せられ、相続税法第三条第一項第二号に(被相続人の死亡後三年以内に支給が確定したものに限る)なる辞句が挿入せられたのである。旧法に於ては、死亡数年後に支給が確定するようなことは予想しなかつたのである。しかし、実際において、その様な事案の存すること、従つて徴税不能となる場合があることを察知し改正せられたものであろう。被控訴人主張のように、旧法が退職当時支給する金額及び支給すべきか否かが確定している場合にのみ適用せられるべきものとすれば、改正法は無意味に帰する。改正法の精神は、退職時に於て支給の有無は勿論その額も確定しないが、三年以内にこれが確定すれば同法の適用があるということである。改正後においては、本人が死亡してから三年後に支給の確定したものは同法の適用なく、従つて、相続人に対する一時の所得として課税せられることはやむを得ないところである。本件のような改正前の事案につき改正後の法律を適用したのと同様な効果を挙げようとする被控訴人の主張は全く失当である。

相続税の課税財産は、相続とか遺贈というような相続開始のときに財産取得の効果が法律上発生するものである以上、みなす課税財産についても、実質上相続開始のときに、財産取得の効果が発生するものと解せられるものでなくてはならないとし、相続税法第四条第一項第四号(旧法)の場合は、被相続人の死亡は退職金等の支給決定の原因となるのでなければならない、即ち同号は死亡退職に関する規定であるとすることは、昭和二九年法律第三九号によつて改正された現行相続税法第三条第一項第二号に、(被相続人の死亡後三年以内に支給が確定したものに限る)と規定せられたことと矛盾する。相続開始のとき財産取得の効果が発生するものに限るのであれば、このような改正は必要なかつた筈である。この「三年以内に確定したものに限る」と改正せられたことは、本来の規定は、相続開始のときに支給が確定していなくとも適用されることを前提としているものである。死亡が退職金支給の原因となるものでなければならないとすれば、一般退職金の外に死亡したことにより特に贈る手当金等の場合だけに前記規定の適用があることになる。しかも、死亡と同時にその相続人が財産を取得する効果が発生する場合でなければならないから、非常に適用範囲が狭められ、この規定を実質上無用、無意味のものとしてしまうものである。すなわち、相続開始のときに、実質上財産取得の効果が発生するということは、その財産は本来の相続財産であるということに帰着する。従つて、本条において、みなす課税財産を規定する必要はないことになり、結局無意味になるのである。

被控訴人は「相続開始後五年以上を経過し、相続税の納税義務が消滅した後において、退職手当金等の支給が確定したものについてまでも相続財産とみなしているもの」とすると、会計法第三〇条との関係において、課税し得ないものについて課税財産と定めているという不合理な法解釈を下してしまうことになると主張するが、それは、相続財産なり、みなす相続財産には必ず課税がなされなければならないということを前提として論じているものである。われわれは、所得があれば必ず税金を支払わねばならないと考えてはならないのである。租税法定主義の結果、法律が納税の義務を規定しているから税金を払うのである。従つて、法律がみなす相続財産と定めていても、会計法その他の法令により、課税し得ない結果となつても、それは、税法そのものの不備であつて、止むを得ないことである。この不備を是正するため、改正法において「三年以内に支給が確定したものに限る」との規定を設けたのである。被控訴人の主張は、改正せられない以前の事実につき、改正法を適用せんとするものであつて、租税法定主義に反するものである。

また、被控訴人は、「相続税の法定申告期限から五年経過後に退職手当金の支給が確定したものについてまで、これを相続財産とみなそうとしているものではない。」と主張するが、そうであれば、被相続人に支給されるべきであつた退職金が、五年の経過という自然的な歳月の流れにより、みなす相続財産になつたり、或は相続人等の一時の所得になつたり、その性質を変更することとなり、不合理も甚だしいといわねばならない。このような解釈は、法律の文言によらず、恣意的に国民に税負担の限度を拡大するものであつて、租税法定主義からして許されるべきではない。

本件更正決定は、租税解釈の二大原則、租税法律主義、租税平等主義に反するものである。租税法律主義は、憲法第八四条、第三〇条に明記するところである。相続税法第四条第一項第四号(旧法)は死亡退職に関する規定であると判断するのは、右法規を縮少解釈するものであつて、この原則に反するものである。また、相続開始のとき財産取得の効果が発生するものでなくてはならないと解釈することは、明らかに、その後に改正せられた「被相続人の死亡後三年以内に支給が確定したものに限る」との規定に反し、憲法第八四条にいうところの、あらたに租税を課し、又現行の租税を変更するに法律によらずにした憲法違反が存するのである。租税平等主義は、憲法第一四条第一項である。本件事案と全く同じ事案である小曽根貞松の退職金(同人死亡後退職金の支給が決定している)については、これを相続財産として課税し、同人の相続人に対する一時の所得としていない。よつて、本件は租税平等の原則に反するものである。本件四、五〇〇万円の退職金を昭和二八年分の所得としたことは、この租税平等主義に反し許されない。控訴人清司の二、〇〇〇万円の退職金につき、富裕税に関し、係官が昭和二七年分の所得として申告すべきことを勧告し、修正申告をなさしめておきながら、本件更正決定においては、昭和二八年度の権利確定であるとすること、所得税通達第二〇三号「一時の所得については権利の確定する時期はその収入を受けた時による」(この通達には、被控訴人主張のような適用範囲についての特別の定めがないから、一時の所得の総てに適用せられるものである。)に反して所得の年度を決定したことは、いずれもこの原則に照らして不当である。

被控訴人は、川西清兵衛のような制限会社等の役員に対しては、退職手当金また功労金を支給することが禁止されていたと主張するが、その当時、G、H、Qの許可があれば支給することができたのである。と述べ、

被控訴代理人において、

控訴人等主張の時に川西ふさが死亡し、控訴人等主張のとおりその相続及び相続の放棄がなされたことは認める。

富裕税の廃止は、昭和二八年八月一日法律第一六四号「富裕税法を廃止する法律」により公布即日施行されているが、これは富裕税法が法的にその存在の根拠を失つたことを意味しているものであり、このことと富裕税法が昭和二八年分以降廃止の運命にあることを予知し得たかどうかということとは別問題である。すなわち、富裕税法の廃止については、昭和二七年一一月に重要施策要綱による新政策の一として政府から公表されており、また、昭和二八年一月の閣議において右新政策に基く昭和二八年度一般会計予算案、財政出投資金計画及び税制改正案要綱の内の一として決議されており、すでに公表されていたものである。そして、租税法令の改廃に関する新政策は、国民生活に及ぼす影響が大きく、国民の関心事として常に公表されているから、例年の税制改正案のとおり、本件富裕税の改廃に関する新政策も、法律施行前につとに新聞等で報道されていたものであり、このことは公知の事実というべきであろう。まして、控訴人等は、いわゆる資産家であり、富裕税の納税者であるから、その法律の改廃等については、一般の者に比してその関心は深く、少くとも、当時新聞を購読していたといえるから、昭和二八年分以降富裕税法が廃止の運命にあることを予知しうる筈はなかつたとは、考えられない。この事実関係を背景として、(イ)控訴人等の財産管理者を主宰していた生駒与三郎から、昭和二八年五月頃大阪国税局に対し「乙第一号証の二」の書面が提出されていたこと、(ロ)右書面と同趣旨の内容が大阪国税局に対し繰返し陳情されていたこと、(ハ)控訴人清司が昭和二七年一二月一七日に日本毛織株式会社から二〇〇万円を借入れていること等の諸事実とを合せて検討すると、控訴人等は本件給付金について、昭和二八年二月頃受領の意思表示を行つたものというべきであり、従つて、本件給付金債権は右受領の意思表示によつて、控訴人等に発生したと解すべきものである。

所得等の認定にあたり、所得をいずれの期間に帰属さすべきかについては、所得税法がその第一〇条第一項において、「総収入金額は収入すべき金額の合計金額による」と規定しているところから、「収入する権利の確定した時期を基準とすべきもの」と解されてきており、また、「いかなる事実をとらえて権利の確定と解すべきか」については、「原則として契約に基く具体的な権利の発生をとらえて、権利の確定と解すべきもの」と説かれてきている(いわゆる発生主義)。そして、例外的に一時所得について、所得税取扱通達二〇三号が「一時所得については、権利の確定する時期はその収入を受けた時による」(発生主義に対するいわゆる現金主義)と法解釈を示しているのは、一時所得の内で競馬の馬券の払戻金、懸賞の賞金品、福引の当せん金等特定人について権利の確定した時期が客観的に不明確の場合が極めて多い態様の一時所得について、例外的に現実にその収入を受けた時による方が相当であろとの法解釈を示しているものである。それで、本件の給付金については、右原則的な解釈に従つて決すべきであり、右通達は全くその規制の対象外で適用される余地のないものである。本件給付金は右原則的な解釈に従い、その受領を承諾したことに基き、債権の発生した昭和二八年中に権利が確定したものとみるべきであり、従つて、本件給付金債権の所得は実際に現金の収入を受けた時期とは関係がなく、その権利の確定した右昭和二八年度に帰属すべきものである。

相続税は、相続または遺贈(以下相続と略称する)という法律上の原因によつて取得した財産に対して課税されるものであるが、租税を公平に負担させようとする租税制度上の基本的な要請から、相続によらず財産を取得した場合であつても、相続により財産を取得した場合と同様な実質的関係にあるときは、その取得した財産を「みなす相続財産」(旧相続税法第四条第一項、現行相続税法第三条第一項)として、相続税が課税されることとし、税負担を軽減しているのである。

旧相続税法第四条第一項第四号は、被相続人との関係で同人に支給されるべき法律関係にあつた退職手当金、功労金その他これらに準ずる給与(退職手当金等)が同人の死亡に因り(同人の死亡したため)具体的に支給の内容が決まり、その退職手当金等が相続人その他の者に支給された場合において、その退職手当金等を特別に相続財産とみなす旨を、規定しているものである。そして、右退職手当金等を相続財産とみなす理由は、生命保険金と同様に、相続人等の受取る退職手当金等は、相続という私法上の効果としてこのような利益を受けるものではなく、支給者より直接に支給を受けるものであるから、このような財産は本来の相続財産に含まれないのであるが、このような被控訴人自身について支給されるべき法律関係にあつた財産が、同人の死亡の僅かでも直前において支給を受けたとすれば、当然相続財産に含まれ相続税を課せられることになるので、租税の負担の公平を図るうえからいつて、被相続人に支給されるべき法律関係にあつたもので、被相続人の死亡によつて支給内容が決まり、相続人等に支給された退職手当金等についてだけは、特別に相続財産とみなすことにしているのである。すなわち、被相続人が生前退職し退職後死亡した場合には、被相続人は退職金請求権を取得し、この請求権は本来の相続財産に含まれるが、被相続人が死亡に因り退職した場合には、被相続人は死亡のため退職金請求権を取得することができず(死亡退職に基く法律効果は、死亡よりも観念的には後であるため)、また、右請求権は相続人が支給者より直接に取得することもあるので、本来の相続財産には含まれえないものである。しかし、この相続人の直接に取得する請求権も相続により財産を取得した場合と実質的に同一の理由による同一の経済的利益であるので、これをみなす相続財産とするものである。

従つて、この「みなす規定」は本来相続財産(相続税の課税財産)でないものを特別に相続財産として取扱おうとするものであるから、厳格に解釈すべきものであり、拡張解釈は許されない。相続の開始時において、被相続人について退職手当金の支給されるべき法律関係が何等存在していなかつた場合は勿論のこと、退職手当金等の性質を有しない一般の債権についても、旧相続税法第四条第一項第四号の文理解釈等に照して、明らかにその適用はないものというべきである。それに、被相続人の生存中に同人に対し支給されることが確定していたもの(その給付の性質は退職手当金、功労金に限定されるものではない)は、たまたまその支給が遅れて相続人に支給されても、その支給財産は当然に本来の相続財産であり、その支給が確定していないものは当然に相続財産でない。このように、被相続人の生存中に発生したものについては、その確定の有無により相続財産への帰属の有無が決せられるべきであるから、その支給の確定していないもの、とりわけ退職手当金等の支給について、右法条が適用されるものと理解し「みなす相続財産」と解すべきいわれはないというべきである。右法条は、やはり、本来相続財産となり得ない死亡に因る退職手当金等について、特別に「みなす相続財産」と取扱おうとしているものであり、相続開始のときにおいて、被相続人に対して死亡に因り支給されるべきことが取決められていたものを取扱うのである。もつとも、いくらかの退職手当金の支給されるべきことが取決められているものであれば、後日になつて金額が特定し当該請求権が確定しても、その確定が所定の期間内であるならば、「みなす相続財産」と取扱うべきものである。なお、相続税の対象とする課税財産には、金銭債権も勿論含まれるが、その金額が具体的に特定し支給されることが確定するまでは、課税は行われえない。つまり、相続開始のとき、いくらかの死亡退職手当金が支給されるべきことが取決められていても、その金額が未定である場合には、右退職手当金に対して相続税は課税されることなく、その金額が具体的に特定し支給されることが確定して、はじめて相続開始のときに遡つて相続税が課税されることとなるのである。そして、現行相続税法第三条第一項第二号の括弧内の部分は、被相続人の死亡に因る退職手当金について、それが死亡後に支給の確定が行われることに鑑みて、更正の請求ないし更正処分等の関係から、その期間制限を定めているものと解すべきであつて、この点において、旧相続税法と現行相続税法との間に論理上のへだたりはない。

川西清兵衛について相続の開始した昭和二二年一一月頃、日本毛織株式会社において退職手当金の制度ないしその取決めが全然なく、川西清兵衛に対して退職手当金の支給されるべき法律関係は全然存在していなかつたばかりでなく、反対に、右会社は制限会社及び持株会社に指定されていたため、川西清兵衛に退職手当金を支給することは許されていなかつたのであるから、前記のとおり本件給付金について、それが本来の相続財産でないことはもとより、旧相続税法第四条第一項第四号も適用の余地のないものというべきであり、本件給付金は控訴人等遺族に対する給付金と解すべきものである。また、被相続人が当時の客観状勢から退職手当金の支給を受けることができず、その相続財産として含ませる余地がなかつたのに、本件給付金を相続財産とみなすことは、実質的な事実関係の権衡から検討しても、妥当でないということができる。

国民は、税法の定めるところによつてのみ納税の義務を負うのであるが、一般に法律の適用に当つて、法律の解釈を行い、規範内容を合理的に確認することが必要であるのと同様に、税法の定めている内容についても、当然にその法律体系のもとにおいて合理的に解釈を行うべきものである。相続税の納税義務(徴収権)は、原則としてその法定申告期限から五年を経過すると消滅すると定められている(会計法第三〇条)から、旧相続税法第四条第一項第四号も右法律体系のもとで合理的に解釈を行うべきである。同法条は、相続税の課税財産として扱うべきものを規定しているのであるから、控訴人等主張のように「相続開始(相続税の法定申告期限)後五年以上を経過し、相続税の納税義務が消滅した後において、退職手当金等の支給が確定したものについてまでも相続財産(相続税の課税財産)とみなしているもの」とすると、同法条は課税し得ないものについて課税財産と定ているという全く不合理な法解釈を下してしまうことになるのである。それで、同法条をその法律体系のもとで合理的に解釈しようとするならば、同法条は、相続税の法定申告期限から五年経過後に退職手当金の支給が確定したものについてまで、これを相続財産とみなそうとしているものではないと解すべきことは明らかである。

租税負担の公平であるべきことは税法の基本原理であり、また、税法は公平に適用されなければならないが、控訴人等主張のように納税者の利益のために低くならして適用することが、大局的にいつて税法の適正公平な適用ではない。と述べ、 (証拠省略) た外、原判決事実のとおりであるから、これを引用する。

理由

原判決記載の事実中請求原因第一項(一)、(二)、(三)の事実及び第二項(二)の事実の内訴外亡川西清兵衛の退職金として支給したとする控訴人等の主張を除くその余の事実と、控訴人等主張の時に川西ふさが死亡し、控訴人等主張のとおりその相続及び相続の放棄がなされたことは、いずれも当事者間に争いがない。よつて、訴外亡川西ふさ、控訴人川西清司及び訴外川西龍三の昭和二八年度分の所得税について、それぞれ同年度に七、四二五、〇〇〇円の一時所得があるとしてした訴外須磨税務署長の本件各更正処分及び被控訴人の本件各審査決定について、その適否を検討する。

訴外亡川西ふさ、控訴人川西清司及び訴外亡川西龍三の三名の被相続人である訴外亡川西清兵衛が、明治二九年一二月日本毛織株式会社創立以来取締役社長及び会長として就任していたが、昭和二二年七月右会社を退職し、昭和二二年一一月一九日死亡したこと、川西清兵衛死亡当時は日本毛織株式会社が戦後不況の真最中であつたのと、昭和二一年六月制限会社に指定され、さらに同年一二月持株会社に指定せられて、一定の行為を禁止、制限せられたため、川西清兵衛に対する退職金の支出が実現するに至らなかつたこと、昭和二七年一月開催された日本毛織株式会社の定時株主総会で、亡川西清兵衛の役員としての多年の著大な功績に応えるため、同人に退する退職金贈呈の件を取締役会に一任すると決議され、昭和二七年一一月二八日開催された取締役会が、亡川西清兵衛に対する退職慰労金名義で、四五、〇〇〇、〇〇〇円を支給することを決議したこと、ならびに川西ふさ、控訴人川西清司及び亡川西龍三の相続人である控訴人川西甫、同川西龍弥、同川西美栄子、同住友美子が、昭和三一年一二月七日前記退職金四五、〇〇〇、〇〇〇円を日本毛織株式会社から受領したことは、いずれも当事者間に争いがない。

被控訴人は、前記退職金名義の四五、〇〇〇、〇〇〇円について亡川西清兵衛の相続人である川西ふさ、控訴人川西清司及び亡川西龍三の三名がその受領受諾の意思表示をしたのは昭和二八年二月頃であると主張し、控訴人等は日本毛織株式会社の代表取締役太田威彦から昭和二七年一二月一日頃右三名に口頭で前記支給決議の通知がなされ、右三名は直ちに受諾の意思表示をした旨主張するので、検討するのに、控訴人川西清司は昭和三年一二月日本毛織株式会社の取締役に就任して以来、常務取締役、専務取締役、社長等を歴任し、昭和二一年四月退職し、亡川西清兵衛の退職金の支給が右会社の株主総会で決議され、その後取締役会で支給金額が決定されたのと同時に、控訴人川西清司の退職慰労金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の支給も決定され、右二種の退職慰労金の支給は、その支給者、支給決定の時期、支給先が同一であるから、その一方を知れば他も同時に知る筈のものであつたこと、控訴人川西清司が、昭和二七年一二月一七日日本毛織株式会社から二、〇〇〇、〇〇〇円を借入れたことはいずれも当事者間に争いがなく、控訴人川西清司が昭和二八年二月二一日右借入金と前記退職金二〇、〇〇〇、〇〇〇円とを相殺して残額を受領したことは控訴人等において明らかに争わないところであり、以上の各事実と成立に争いのない乙第一、二、三号証の各一、二、第四号証の一、二、三に、原審証人生駒与三郎、同土井乙已、同大山隆正の各証言、原審での控訴人川西清司本人の供述を考え合せると、日本毛織株式会社には重役の退職金について何等の規定がなかつたこと、昭和二四年六月頃から昭和三六年五月頃まで控訴人等川西家の財産管理を主宰してきた訴外生駒与三郎は、控訴人川西清司の前記退職慰労金二〇、〇〇〇、〇〇〇円に対する所得税及び富裕税の課税上の取扱について、昭和二八年五月頃大阪国税局に対し、

「五、前項に依つて川西清司に支給される金額は二〇、〇〇〇、〇〇〇円であるが、日本毛織株式会社は右取締役会の決議を基礎とし、その合計額を同年一一月三〇日締切の決算上損金に計上し、昭和二八年一月の定時株主総会の議決後たる昭和二八年二月八日右の金額を知つたのである。川西清司は一応は辞退したが諸事情考察の上之を受諾し昭和二八年二月二一日右退職金の支払を受けた。

六、右の如く川西清司が受けた退職金は昭和二七年中に確定したものでは無いから、之に関して所得税並に富裕税に何等の申告をしなかつた処、貴庁は右退職所得を昭和二七年分所得確定申告に申告を、又昭和二七年分富裕税の課税価額に該退職金の「受給権」を追加申告をなすべき旨を指示されたが、左記の理由によつて不当と確信するものである。

(一)  本退職所得を昭和二七年分所得に申告すべしとする根拠は所得税に関する国税庁基本通達第二〇〇号第二項に存するものと信ずる、即ち本件退職金は昭和二七年一月の株主総会の決議及び之に伴う取締役会の決議が昭和二七年一一月になされて居るから、同通達の「会社重役等の退職所得で当該会社の定款その他の定により株主総会等の決議を要するものについてはその決議のあつた時により」権利が確定するとの解釈に因るものの如くである。然しこの通達は所得上の取扱を指示したものとしては全く法理を無視したものであると言わねばならない。即ち右会社には重役の退職金に付何等の規定が無いので、退職重役は何等の請求権も無い(総会の決議はあつたが、後に述べる如く、之を以て退職金の請求権が確定するといい得ない)から本件退職慰労金の支給は純然たる民法上の会社からの贈与であることは明白である。従つて贈与は贈与者が贈与の意思を相手方に表示したのみによつて効力が発生するもので無く相手方が受諾するによつて始めて効力を生ずるのである故に法律的に観るとき本件退職金に対する「受給権」は受領者において受諾するまでにはあり得ないと云はねばならない。

之を本件日本毛織株式会社に就て考えると

(イ)  昭和二七年一月の株主総会において決議された退職慰労金の贈呈の件について退職慰労金の受給者は退職金が支給されるべきことは之に依つて知つたが、その時期、金額等は取締役会に一任されたので、之のみを以て所謂「受給権」が確定したと解釈することは出来ない。

(ロ)  右の一任された取締役会がいつ開会されたか第三者たる退職者の窺い知ることは出来なかつた。之は取締役会は公開された会社の決議機関で無いから当然のことで昭和二八年一月以降において昭和二七年一一月二八日決議されたことを知つたのである。

即ち昭和二八年一月第一〇〇回定時株主総会終了後の昭和二八年二月八日会社から退職金贈呈の意思表示があり始めて贈呈される金額等について了承した次第で、畢竟会社においては昭和二七年一一月二八日取締役会の決議に基き退職金支出見込金額を一一月末日決算に未払金として損金に計上し二月八日退職金支出を表明したものの如くで之等の行為は単に会社内部の関係に過ぎず、この会社の内部行為に属する措置を以て退職金受領の権利が確定したとするのは当らないと云はなければならない。」

等と記載した書面(乙第一号証の二)を提出し、その頃、右書面と同趣旨の内容を大阪国税局担当係官に対し繰返し陳情していたこと、日本毛織株式会社から亡川西清兵衛に対する退職慰労金名義で四五、〇〇〇、〇〇〇円がその遺族である川西ふさ、控訴人川西清司及び川西龍三に支給されることを知つた控訴人川西清司及び川西龍三の両名は、右金銭を亡川西清兵衛の記念事業に使用することとし、昭和二八年一月頃を初回として二、三回日本毛織株式会社代表取締役太田威彦と連絡協議したが、金額の点から実現するに至らず、昭和三一年一二月七日、川西ふさ、控訴人川西清司及び亡川西龍三の相続人たる控訴人川西甫外三名が相続分に応じて分配受領した経緯があること、本件退職慰労金に対する請求権は富裕税の対象となる財産であるところ、富裕税法は昭和二八年以降廃止の運命にあることが昭和二七年一一月頃から新聞紙上報道されており、右請求権が昭和二八年度中に確定されればこれに対し富裕税の課税を免れることができると予測することができたこと、控訴人川西清司及び川西龍三の両名は、いずれも所轄の須磨税務署長に対し提出した昭和二七年分富裕税申告書及び同修正申告書に、右請求権の記載をしていないことが認められ、以上の事実をも考え合せて、川西ふさ、控訴人川西清司及び川西龍三の三名が亡川西清兵衛に対する本件退職慰労金名義の四五、〇〇〇、〇〇〇円について受領受諾の意思表示をしたのは、昭和二八年一月か二月であることが認められる。原審での証人太田威彦、同生駒与三郎、控訴人川西清司本人の各供述中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比し採用し難く、他に右認定を左右する証拠はないから、この認定に反する控訴人等の主張はいずれも採用しない。

なお、控訴人等は、控訴人川西清司の退職慰労金二〇、〇〇〇、〇〇〇円について、昭和二七年度分の所得税及び富裕税として修正申告書(乙第二号証の二)を提出し納税しているのであるから、大阪国税局長は乙第一号証の二の記載内容を承認せず、昭和二七年度中の所得として認定しているものであり、本件四五、〇〇〇、〇〇〇円の退職金は、控訴人川西清司の退職金と支給者、支給時期、支給先も同一である関係上、控訴人川西清司の分について昭和二七年中に確定し納税している以上、本件退職金も昭和二七年一二月に確定しているものとすべきである旨主張するが、前掲乙第一号証の二、第二号証の一、二と原審証人大山隆正、同土井乙已の証言によれば、控訴人川西清司は、自己の退職慰労金について、その権利確定の時期は受領受諾の意思表示をしたときであり、控訴人川西清司が受領受諾の意思表示をしたのは昭和二八年二月頃であるから、昭和二七年度中に権利が確定したものでないとして、昭和二七年度分の所得税及び富裕税について、前記退職金二〇、〇〇〇、〇〇〇円を所得として申告しなかつたところ、大阪国税局担当係官は、所得税基本通達第二〇〇号第二項の趣旨に照らし、右退職金二〇、〇〇〇、〇〇〇円は取締役会の決議のあつた昭和二七年一一月二八日に権利が確定したものであるとして、これを昭和二七年度分の所得税及び富裕税について所得として申告すべきことを勧告したところ、控訴人川西清司は昭和三一年三月一四日大阪国税局担当係官の勧告の趣旨に応じて昭和二七年分富裕税修正申告書(乙第二号証の二)を提出したり等した経緯であることが認められるのであつて、控訴人川西清司が、自己の退職慰労金について、その受領受諾の意思表示を昭和二七年一二月中にしたとして、昭和二七年度分の所得税及び富裕税に右退職所得を加算して修正申告書を提出し、納税したものではないのはもとより、大阪国税局長が受領受諾の意思表示が昭和二七年一二月中にされたことを是認し、ないしは乙第一号証の二の記載内容を承認せずに右退職所得を昭和二七年度の所得として認定したものでもない。

以上認定の事実によれば、亡川西清兵衛は、昭和二二年七月日本毛織株式会社を退職し、同年一一月一九日死亡したのであるが、日本毛織株式会社は、亡川西清兵衛の多年の功労に酬いるため、その相続人である川西ふさ、控訴人川西清司及び川西龍三の三名に対し、川西清兵衛の死亡後四年以上を経た昭和二七年一月の株主総会及び五年以上を経た昭和二七年一一月二八日の取締役会の議を経て、退職慰労金名義で合計四五、〇〇〇、〇〇〇円を支給することとし、右三名に通知し、右三名は昭和二八年一、二月にその受領受諾の意思表示をし、ここに右金銭の支給が確定したものというべく、右金銭の給付は、亡川西清兵衛の存命中にはその金額はもとより支給自体も確定していなかつたのであるから、右三名が日本毛織株式会社から支給の通知を受け、その受領受諾の意思表示がされて初めて権利として確定し、これを請求権として取得したものというべきである。そして、右三名が日本毛織株式会社に対して取得した四五、〇〇〇、〇〇〇円の請求権は一時的なものであり、かつ、その発生原因が営利を目的とする継続的行為から生じたものではなく、労務その他の役務の対価としての性質を有しないものであるから、所得税法第九条第一項第九号にいう一時所得に該当するといわねばならない。従つて須磨税務署長が川西ふさ、控訴人川西清司及び川西龍三の昭和二八年度分所得税について、所得税法第九条第一項第九号に基き、前記四五、〇〇〇、〇〇〇円に対する右三名の各所得分一五、〇〇〇、〇〇〇円から一五〇、〇〇〇円を控除した額の一〇分の五に相当する七、四二五、〇〇〇円を一時所得として、それぞれ申告所得金額に加算してした本件各更正処分は適法であり、本件各更正処分を認容した控訴人の本件各審査決定も適法である。

控訴人等は、日本毛織株式会社が川西清兵衛の退職金として川西ふさ、控訴人川西清司及び川西龍三に支給した合計四五、〇〇〇、〇〇〇円は、右三名の相続財産に属するものであつて、所得税法第六条第一項第一二号(当時七号)の規定により、同法第九条第一項第九号の一時所得に該当しない旨主張するが、法文によれば、第九条第一項第九号に規定するいわゆる一時所得の内相続、遺贈又は個人からの贈与に因り取得するもの(相続税法の規定により相続、遺贈又は個人からの贈与に因り取得したものとみなされるものを含む)等については所得税を課さない旨規定しているのであり、前記一時所得に該当するものであつても、相続等に因り取得し又は取得したものとみなされるものについては所得税を課さないというものであるから、これによつて控訴人等の主張について判断する。

(一) 控訴人等は、まず本件退職慰労金は相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項第四号(現行相続法第三条第一項第二号に相当する)の退職手当金に該当するから、相続財産とみなされる旨主張する。

相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項には、「左に掲げる財産は、これを相続財産とみなす。」とし、その第四号に、「退職手当、功労金及びこれらの性質を有する給与(以下退職手当金等という。)で被相続人に支給せらるべきであつたものが被相続人の死亡したためその相続人その他の者に支給された場合におけるその退職手当金等」と規定されているが、右規定は、同法第一条、二条、四条等の関係条文を考え合せると、相続が開始した場合において第四号に当る事実について適用すべき規定であつて、相続が開始した場合と異る場合において適用すべき規定でないことは明らかである。すなわち、右第四号は、相続が開始した場合において、退職手当金等で被相続人に支給せらるべきであつたものが、被相続人の死亡したため、その相続人その他の者に支給された場合における退職手当金等はこれを相続財産とみなすとした規定であると解すべきものである。従つて、右第四号を死亡退職の場合に限るものと狭義に解すべきでなく、被相続人が退職手当金等の請求権を取得することなく退職し、その後死亡して相続が開始した場合に、被相続人に対する退職手当金等という趣旨で相続人に金銭が支給されたようなときも、これを右第四号により相続財産とみなすべきものである。

しかし、本件では、既に認定したとおり、川西清兵衛は、昭和二二年七月日本毛織株式会社を退職し、同年一一月一九日死亡して相続が開始したが、清兵衛に対して、その生存中はもとより死亡の際も退職手当金等が支給せられることや支給が確定した(死亡の際については、相続人に対するものをも含め)ということもなく、右会社は、清兵衛死亡後四年以上を経た昭和二七年一月の株主総会及び五年以上を経た昭和二七年一一月二八日の取締役会の議を経て、清兵衛多年の功労に報いるため、退職慰労金名義で合計四五、〇〇〇、〇〇〇円を清兵衛の相続人である川西ふさ、控訴人川西清司及び川西龍三の三名に対し支給することとして右三名に通知したのであるから、右退職慰労金名義の金銭支給確定が、相続が開始した場合になされたものといい得ないことは法解釈上明らかであり、前記第四号に該当しないことは明白である。

(二)  控訴人等は、本件退職金の如く退職後死亡し、死亡後退職金の支給があつた場合においては、被相続人である川西清兵衛の死亡前の所得(退職所得)として所得税の課税の対象となるべきであつて、相続人である川西ふさ、控訴人川西清司及び川西龍三の相続財産としては、被相続人に退職金の請求権があつたものとしてその請求権に対し相続税を課税すべきである等と主張する。

しかし、本件退職金は、既に認定したところにより明らかなとおり、川西清兵衛の生存中はもとより、その死亡後定時株主総会及び取締役会の議決を経るまでは、支給額はもとより支給されるか否かについてさえも未確定の状態にあつたのであるから、川西清兵衛が日本毛織株式会社に対し退職金請求権を取得する筈がなく、清兵衛の死亡により川西ふさ、控訴人及び川西龍三、川西清司の三名が相続により右退職金請求権を取得する筈もない。控訴人等は、本件退職金が本来の相続財産に属するものである旨主張するようであるが、本来の相続財産は相続開始の時に承継的に取得するものであるから、本件退職金が本来の相続財産に属しないことは明らかである。

成立に争いのない甲第五、六号証によると控訴人等援用の各通達は、昭和二五年三月三一日法律第七三号相続税法施行後のものであることが認められ、またその文言上からも前記認定、解釈に反するものでないことは明らかである。

(三)  控訴人等は、神戸税務署長が日本毛織株式会社において本件退職金を経費処理していることを是認したとし、須磨税務署長が本件退職金と同一案件に属する訴外小曾根貞松に対する退職金について、その遺族に対する一時所得として課税することなく、相続財産として課税しているとして本件各更正処分が違法であると主張する。

しかし、前者については、法人に対する課税において何を損金とすべきか、または損金に算入しないかは、法人税法によつて定むべきであつて、右金銭が日本毛織株式会社にとつて損金であるか否かは、この給付を受けた川西ふさ、控訴人川西清司及び川西龍三の所得の性質を左右するものではなく、後者については、本件は右三名に対する課税処分の適法、違法を決すれば足り、第三者との比較によつて違法原因が生ずる筋合でないことは、被控訴人所論のとおりであるから、これらの点に関する控訴人等の主張は右により既に理由のないものであるが、後者については、控訴人等主張のとおりの事実があつたとしても、小曾根貞松の死亡したのは昭和二六年四月というのであり、昭和二五年三月三一日法律第七三号の相続税法施行後に被相続人が死亡して相続が開始したものであつて、適用法律も同一でなく、しかも死亡した年の翌年一月に株主総会が開かれ、一一月に取締役会が開かれて八〇〇、〇〇〇円の支給が決定されているというのであるから、本件とは事案を異にするものというべく、その当時の右新法第三条第一項第二号には、「被相続人の死亡に因り相続人その他の者が当該被相続人に支給されるべきであつた退職手当金、功労金その他これらに準ずる給与の支給を受けた場合においては、当該給与の支給を受けた者について当該給与」と規定しているが、右第二号もまた、「被相続人の死亡に因り」との文言が使用されてはいるが、被相続人が退職手当金、功労金その他これらに準ずる給与の請求権を取得することなく会社を退職し、その会社において右被相続人に功労金を支給するか否か協議中被相続人が右退職後間もない頃に死亡し、その死亡後間もなく右会社で被相続人に対する功労金として相当の金銭を相続人に支給することを確定してその支給がなされたような場合は、右第二号に該当しないことはないと解せられるので、右第二号を死亡退職の場合に限るものと狭義に解すべきものではないから、右小曾根貞松の事案につき、須磨税務署長が新法第三条第一項第二号を適用したとしても、右事案が直ちに本件事案についての前記法解釈の妨げとなるものではない。さきに控訴人等が挙げた国税庁長官の相続税取扱通達(昭和二五年一二月一一日直資一―一八六)第一八及び相続税法基本通達(昭和三二年三月一日直資二二)第一五条は、いずれも、右第二号についての当裁判所の解釈によれば、何ら疑義のないものである。

次に控訴人等は、本件退職金が川西ふさ、控訴人川西清司及び川西龍三の一時所得であるとしても、本件各更正処分には課税年度を誤つた違法があると主張するので判断する。

(一) 控訴人等は、まず本件退職金の額確定の時期は昭和二七年一一月二八日であるから、昭和二七年度分の一時所得として課税すべきであると主張する。

所得をいずれの期間に帰属させるべきかについては、所得税法がその第一〇条第一項において、「総収入金額は収入すべき金額の合計金額による」と規定し、これは収入する権利の確定した時期を基準とするものと解せられ、いわゆる権利発生主義が採用されているのであるが、所得税法上いかなる事実をとらえて権利が確定したと解すべきかについては、個々の具体的な契約内容その他法律上、事実上の各種の条件を検討して決定すべきところ、本件退職金四五、〇〇〇、〇〇〇円については、川西ふさ、控訴人川西清司及び川西龍三が日本毛織株式会社に対し、その受領受諾の意思表示をしたときに、これを請求権(債権)として取得するものであるから、右三名が受領受諾の意思表示をしたときに権利として確定するものと解すべきである。ところで、右三名が日本毛織株式会社に対し昭和二八年一、二月に受領受諾の意思表示をしたことは前に認定したとおりであるから、右三名の権利は昭和二八年一、二月に確定したものというべく、また前記認定の資料からみて、本件退職金を昭和二八年度の一時所得として認定した本件各更正処分に課税年度を誤つた違法はない。控訴人等は、本件退職金が権利として確定した時期は、その支給について日本毛織株式会社の取締役会が決議した昭和二七年一一月二八日であるとして、所得税法に関する基本通達第二〇〇号第二項(成立に争いのない甲第七号証)を援用するのであるが、右規定は、退職所得についての権利確定時期を定めたものであり、原則として退職の時、会社重役等の退職所得で当該会社の定款その他の定めにより株主総会等の決議を要するものについては、その決議のあつたときによるべきことを規定したものであつて、本件の場合は川西清兵衛の退職所得として課税したものでないから、右規定が本件一時所得に直接はたらくものでないことは、被控訴人所論のとおりである。そして、本件一時所得に関する帰属年度についてはさきに述べたとおりであるから、右通達の規定に拘らず、その権利確定の時期を取締役会の決議のあつた昭和二七年一一月二八日とすることもできない。

(二) 控訴人等は、次に、本件退職金が現実に川西ふさ、控訴人川西清司及び亡川西龍三の相続人控訴人川西甫、同川西龍弥、同川西美栄子、同住友美子に交付されたのは、昭和三一年一二月七日であるから、昭和三一年度分の一時所得として課税すべきであると主張する。

しかし、所得税法第一〇条第一項が所得の帰属時期についていわゆる権利発生主義を採用していること、権利確定の時期については個々の具体的な契約内容その他法律上、事実上の各種の条件を検討すべきこと、本件退職金については、川西ふさ、控訴人川西清司及び川西龍三が受領受諾の意思表示をした昭和二八年一、二月に権利として確定したことはさきに述べたとおりである。所得税取扱通達第二〇三号(成立に争いのない甲第一〇号証の一、二)に、「一時所得については、権利の確定する時期はその収入を受けた時による」と規定してはいるが、所得税法第一〇条第一項中に、「第九条第一項第九号に規定する総収入金額は、その収入すべき金額の合計金額による。」旨明定せられ、第九条第一項第九号のいう一時所得につき所得税法は明らかに権利発生主義を採用しているところからみれば、右通達中右法条に反する部分は右規定解釈に採用できないものといわなければならず(右通達は右原則により難い特殊な場合について解釈を示したものと解すべきである。)、本件一時所得の課税年度を右通達によつて昭和三一年度としなければならない理由は全くない。

控訴人等は、現行相続税法には、第三条第一項第二号に(被相続人の死亡後三年以内に支給が確定したものに限る)とあるが、この規定がなかつたときの本件事案につき、この規定を適用したのと同効果を挙げようとする主張は失当である旨主張する。

しかし、本件が相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項第四号の退職手当金等に該当しないものであることは、前に示したとおりであつて、昭和二五年三月三一日法律第七三号の第三条第一項第二号で「被相続人の死亡に因り相続人その他の者が当該被相続人に支給されるべきであつた退職手当金、功労金その他これらに準ずる給与の支給を受けた場合においては、当該給与の支給を受けた者について、当該給与」と規定され、次いで、右第二号が「被相続人の死亡に因り相続人その他の者が当該被相続人に支給されるべきであつた退職手当金、功労金その他これらに準ずる給与(被相続人の死亡後三年以内に支給が確定したものに限る。)の支給を受けた場合においては、当該給与の支給を受けた者について、当該給与」となつたが、これにより、新法の第二号は、その改正前には、支給の確定が被相続人の死亡後何年経過した後になされても適用されるものと解することはできないし、本件につき、旧法第四条第一項第四号が適用される理由になるものでもない。

以上の次第で、右第四号の前示解釈適用は、租税法定主義に反するものでなく、また本件の更正決定が、租税法律主義、租税平等主義や控訴人等挙示の憲法の規定に反するものでもないといわなければならない。

よつて、その余の点について判断するまでもなく、須磨税務署長が、川西ふさ、控訴人川西清司及び川西龍三の昭和二八年度所得税について、それぞれ前記のとおり同年度に七、四二五、〇〇〇円の一時所得があるとした本件各更正処分は適法であり、これを認容した被控訴人の本件各審査決定も適法であつて、控訴人等が主張するような違法はないから、控訴人等の本訴請求は、いずれも理由がないものとして棄却すべきものであり、原審の結論はこれと同じであるが、前示のとおり川西ふさが死亡してその相続がなされ、本件訴訟の当事者に変更があつたので、原判決を変更することにし、民訴法第九六条、第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩口守夫 長瀬清澄 岡部重信)

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